家と付き合う

私の家の母屋は古く95歳くらいです。

先日も、我が家で最も恐れている事が起こってしまいました。

雨漏りです。

翌朝、なんとか原因を突き止めて自分で補修しました。

いつも原因は決まって瓦屋根の谷の部分の銅板に穴が空いてしまうのです。

私の住む街の価値は古い家で形成される街並みにあると思っています。

現在でも旧市街地に近江商人の家が数多く残っているのは、旧市街地に鉄道駅を置かなかった事からです。

当時としては英断だったと思います。

 

しかしながら、古い家はこんな感じでとても手がかかります。

そんなわけで、伝統的建造物保存地区以外では古い家は次々に取り壊されていくわけです。

そして駐車場だらけになります。これはとても残念ですね。

(森山直太朗氏のどこもかしこも駐車場の歌は秀逸ですね。)

 

しかし、一方で自分で自分の家を触れるというのは楽しみでもあります。

今回の雨漏りをきっかけに、書斎の上に小部屋を作ろうかと計画しました。

写真はハシゴでしか入れない、その秘密の扉です。

その方が、雨漏りの際のメンテもしやすいですし。

私の家は、こんな感じでいつまでもいたちごっこのように変わり続けることでしょう。

暮らしがどんどん変わるのだから家もかわらなければいけません。

しかし、一度買った家は30年経って建て替えになるまで普通は触られません。

補償の問題などもあって簡単には施主が触れない家がほとんどになりました。

家は道具のように付き合うものから、いつしか購入する商品になりました。

小学生1年生の好みで買う派手なランドセルを高学年では嫌になるように、

若い頃の感覚で買った家に30年住み続けられるでしょうか。

そんな、流行を追いかける商品としての家ではなく、

本当に長く住み続けられる家を広めなければなりません。

こんな手のかかる家も楽しいものです。

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